一週間ぶりの休み。次の休みは来年のいつか。
なので、今日こそ、だいありーを書いておこう。

前に書いてから、かるーく1ヶ月・・・。
パート先がオープンしてから、怒涛の日々だった。
実は、パート先は、住宅地に出現した、そこそこの規模の温泉施設で、オープン初日から連日、大挙して人々が押し寄せた。
当然、館内のレストランも大忙し。

まあ、わかっていたこと。
予測はできていたはずだった。
4時間勤務が気が付けば6時間を過ぎていることもあった。
一切手も頭も休まらない時間があっという間に過ぎて行く。
そのこと自体には慣れるもので、いろんな失敗をしながらも、それに拘っている時間もなく、我ながらびっくりするくらい「働いている」自分がいる。

ただ、とにかく休日がないっていうのが、辛い。
4時間勤務で週5日。
これが私の働く条件だったはず。
けれど、今もらえる休日は週1日で、実働時間は4時間なんてありえない。
いいかげん、疲れてきている。
オープン前後は10連勤だった。
貴重な週一の休みは、授業参観や、PTAの会議に使わざるを得なかった。
今日は久しぶりの完全オフ。
子供は冬休みで、慌しい朝の仕度もない。
車も今日は夫に使わせてるので、アッシーもしなくていい。
こんな日は何日ぶりだろう。
溜まった家事、年末の大掃除までいかないでも片付け、年賀状・・・。
やることはたくさんあった。
でも、やっぱり、思ったとおり進まない。
だって、だって、もうないのよ、私の「休み」は。来年まで。
そう思うと、スパートする気がなくなってしまう。
で結局何もできないまま1日終ってまた自己嫌悪かなーなんて鬱になるんだけど。

年末年始は休めないってことは、採用の時から言われてたので、納得している。
でも、それは週2日休めた上でのことだと思っていたのに。
全員出勤して臨んでも、人が足りなくて回らない、という日々のあとで、一人週1日づつ休んでみると、やっぱり人が足りなくて大変・・・てことで、新しいパートが追加募集された。
大変だからと辞めた人もいて、勤務時間が長くなり、もうみんな限界だった。
最近やっと新人さんが2人入ったけど、私達のように研修期間があったわけでもないので、まだ人数に数えられるような仕事はできない。
これで、本当に週2日づつ休めるようになるのはいつなのだろう。
それでも、洗浄(洗い場)専門の人もようやく入ってきてからは、ずいぶん楽になった。
一番辛い時期は脱したのかもしれない。

私は何のために働いているのかなーと、今更ながら思う。
採用されたから。
じゃあ、なんで面接を受けたのか?というと、とにかく、働いていないことに焦っていたから。
経済的な不安はもちろんあったけど、それほど緊急でも深刻でもなかった。(だから4時間って最短勤務で十分なのだ)
環境や状況の変化のせいか、漫然と主婦だけしていることが不安だった。
それでも仕事を探すことさえ実行に移せなかったときに募集があり、面接会場に出かけた。
そして今日に至るのである。

働くことは実現できた。
去年の保険の仕事とは大違いの、まさしく力仕事。
それでいて、和食料理の提供だから、クリエイティブな面も多々ある。
仕事自体はキライでも、苦痛でもない。
ただ、仕事以外のこととの両立ができないってことと、ありがちな人間関係なんかで、ぐったりきてしまう。
とにかく、何もできない日々。
「ラストクリスマス」が終っちゃったことで、さらに楽しみもなくなり。
だいありー、いやパソコン開けるのさえ数日ぶりだった。
ありえない。

久しぶりに皆さんの日記を読んで、元気づけられました。
皆さんのがんばりに比べたら、私なんてまだまだです。
なんとか、今を乗り越えます。
真冬で(雪で仕事増えるよね、MJさん)、年末で、そして夫の運搬・・・多分今が一番のふんばり時なんだと思います。

では、ちょっと早いですが、皆様、よいお年をお迎えください。
今年も1年お付き合い下さってありがとうございました。
信じられないスピードで毎日が慌しく過ぎていて、すっかりご無沙汰でした。
こんなときに、更新したかしないか一目でわかっちゃうようになっていて、改めてアイタタです(汗)。
さらに、ログアウトした記憶がないのに、ログアウト状態になってたりして、いいかげん書かないと〜〜と奮起して参りました(笑)。

#仕事・その後#
研修店舗では「早く自分達の店で、余計な気兼ね無しに働きたい」と思っていたけど、それは私だけではなく、パートのお仲間みんなもだったようで、研修先で抑えていた色んなもの(個々人の強烈な個性)が、新店舗に移ってすぐ、一気に噴出して、まぁ、なかなか大変でした。
オバ度高し。クセ者度も高し。
日々逞しくなっていく自分にちょっと萌え(笑)。
新店舗のオープンは、来月一日で、キッチンもフロアも、そして他の部門も、本番前の総仕上げに入ってます。
関係者や取引先を招いてのプレオープンも無事終り、従業員の団結式も終り、あと数日でオープンの日を迎えます。
今はだいたい週6の勤務なので、1日4,5時間でも、結構疲れが溜まってます。

#幹事#
クラスの飲み会の幹事。
明日(今日)の夜の予定。
日時を決めて、場所を予約して、お知らせのお便り出して。
出欠を取ったら人数が少なくて、先生も呼んでる手前、もう少し増やそうと、あちこちに電話して。
朝、ガーーーッと、とりあえずの家事をして慌しく出かけて、夕方疲れ果てて帰ってくる生活の中では、正直しんどかった。
誰か代わりにやってくれ〜〜っ!て何度思ったことか。
誰もいないんだけどさ・・・。

#『ラストクリスマス』#
おいしい。
「こんな織田君見たかった」のオンパレード。
超久々のキスシーン。肌見せ(毛布でかなり隠してて最小限だったけど)。ネコ耳はつけるし、赤ちゃんを抱っこはするし、まじでファンにとっては「冥土のみやげ」モノ。
それに、散々の言われようだった、ワムのカバー曲CDも堂々のセールスで(ブッチ・ウォーカーの功績が大きいのだろうけど)、もう言うことナシ!
でも、浮世のことを忘れさせてくれる至福の月曜9時も、あと残り数回なんだなぁ。

#アッシー#
先日から、夫が郊外のラボでの仕事になってしまった。
交通のアクセスがすごく悪い場所で、前もそこでの仕事のときは、よくアッシーをしていた。
仕事に行くにもそれ以外の用事でも車は必需品で、私はどうしても車を譲ることはできない。
かといって、すぐにもう一台車を買うなんてこともできないし、夫にだけ過酷な通勤を課すのも申し訳ない。
なので、毎朝夫をラボまで送って(時間があるときは、家事をしに家に戻って)、それから仕事に行っている。
往復1時間弱。雪が降ると、1時間以上かかる「仕事」が増えてしまった。
夜は、途中の地下鉄駅まで迎えに行っている。
というわけで更に時間がないのです・・・。(涙)

#失ったもの#
もちろん、こよなく愛していた自由な時間。
ケーブルTVの大好きな海外ドラマ(韓流以外)のリピート放送が見られない。
ダンス教室に行けない。
友達と会えない。
メールもなかなかできない。眠くて。
だいありーもぜんぜん書けない。気力が無くて。
上手に時間を回せばなんとかなりそうなこともあるけど、それにはまだまだ修行が足りなさそうです。

ひと段落

2004年11月5日
T店での研修は、きのうで終了した。
何日経っても、なかなか「握り」のポジションに入れず、
(まだ自分には早いんじゃないかと遠慮してるうちに、ほとんど皆が握りのオーダーを体験)
「まずいなーこのまま終っちゃ」と焦っていたら、最終日にして初めて夜出をした昨日、いくつかのオーダーをこなすことができた。
私の握ったお寿司を食べて下さったお客さま、お持ち帰りして下さったお客さま・・・
その後体調はいかがでしょうか?(爆)
いや、緊迫した状況で必死だったけど、なかなか楽しかった。
私:「すみません、バラン(仕切り)はどこですか?(焦)」
チーフ:「そこにあるでしょ!」
私:「いや、どこに挟むんですか〜〜!?(大まじめ)」
てな感じで、厨房に笑いを振り撒いてました(笑)

***

来週からの新店舗でのオープン作業を前に、今日から仕事は3連休となった。
予定外の休みが心底うれしい。
こんなことは、もうしばらくはないだろう。
貴重な平日だった今日は、美容院に行き、久しぶりにカラーリングと、別料金のトリートメントまでしてもらった。
極楽、極楽。「客」っていいものだ。

今日は店長に初めてやってもらったのだけど、いろいろ話し掛けてくる人で、
お互いの顔を鏡で見ながらの会話の途中、唐突に「『大奥』見てます?」と聞かれた。
「見てますよ。面白いよね」と答えたら、
「お客さん、似てるって言われません?」
・・・ゲ。まさか。
「松下由樹?」「そう!春日局!!言われません??」

うーーん。久しぶりに言われちゃったなぁ。
松下サンも私も今のように貫禄が着く前(笑)の若い頃から、時々似てると言ってくる人がいたが、自分じゃどうかわからない。
パーツ的には全然違うと思うので、配置が似通ってるのかもしれない(巨乳でも長身もないけど)。
でも、織田君と映画でキスしたり、ドラマで競演してるときの松下サンだったら、似てると言われたら嬉しかったけど、
姉の婚約者を奪った「思い出にかわるまで」や、妹の結婚話をぶち壊した「週末婚」、そして、今回の「大奥」など、ドラマでドロドロをやってる時に「似てるよね」って言われることが多いのだ。
なんだかなー。
ま、似てるんじゃなく、せいぜい「劣化コピーに見えなくもない」ってとこなんだけどね(笑)

***

そういえば、ファミレスでの仕事のため髪を黒くすることに、禿しく抵抗を感じていた方がいらっしゃいましたが(笑)、私の場合は、爪を短く切ることが恐怖だった。
こういう仕事をする上で当然わかっていたことだけど、長年ギリギリまで爪を切ったことがなく、また「深爪」という言葉が大嫌い(聞いただけで指先ムズムズ)な私は、本当に一大決心をして、かなりビビリながら爪を切った。
切った直後は、指先がすごく敏感になって、キーボードもまともに打てなかったし、やたらと紙やカードで切り傷ができて、痛かった。
でも、慣れるものですねぇ。もちろん、マニキュアともご無沙汰で。
調理は清潔第一だもんね!
安心して私の握ったお寿司食べてください(笑)。
ひゃー、10月も終り?はやっ(汗)
これもいれたら10月の日記は5日か〜。
9月の3日よりは、ちょっとだけ前進。(笑)

先週を振り返ると、
月〜水まで仕事。
木曜は休みで、午前はダンスで、午後は友達とランチ。
誕生日(1週間経ってたけど・お互い忙しくてねぇ)ってことで、ごちそうしてくれて、たくさん話せて楽しい時間だった。
心底リフレーッシュ!!
そして、金曜・土曜と仕事。

仕事は、前回の日記よりは色々覚えた。
イカやホッキやツブの下ごしらえ。
オーダーも何品か覚えてこなせるようになった。
(○○丼とか←海鮮系、○○巻きとか←寿司)
炊飯室では、「まじで飯炊きバ○ァだなぁ」っていうのを実感。
まだ人に聞きながら・・・で、オーダー入るたびに緊張するけど。
イカの目も怖いけど!(笑)

そして今日は仕事は休みで、娘の小学校生活最後の学習発表会を見に行った。
6年生の出し物はいわゆる「総合劇」ってやつで、娘は劇の中で派手なダンスを踊っていた。
ひじょーにかわいかった。誰よりもよく踊れてたぞ!←親ばか
夫は使命感に燃えて、ビデオ撮影に臨んでいた。
私の両親も見にきてくれて、えらく感動して帰って行った。
(夫の両親は今アメリカ旅行中なので、心置きなく自分の親にだけ来て貰えた)
劇全体の出来も素晴らしく、演じた子供たちも、見に行った大人達も、それぞれ感動を味わえた、そんな日だった。
・・・はずなのに。

帰宅後、家で今日のビデオを見ていたとき、担任の先生から、衝撃の電話が。
(内容は秘密で)

連絡網を回し終わって、
今日の素晴らしい思い出が、忌まわしい記憶と対になってしまった何人かの子供たちのことを思うと、やるせない気持ちになった。

疲れてます・・・

2004年10月22日
「おから寿司」の研修は終わり、今週から店舗での研修が始まった。
キッチン採用者30数人のうち、おからである程度握れる人はT店で寿司・一品料理を主に覚え、それ以外の人はK店で天ぷら・そばなどを覚えるっていう具合に、別々になった。
私は予想通り、寿司ラインのT店に行っている。
まだ数日、しかも1日4時間という勤務なんだけど、なんかもー疲れきってますぅ。

仕事自体は、まだ何ができるという訳じゃなく、指示に従って、仕込みをしたり教えてもらったことをメモしたり。
ランチの時間、全体的に追われて来ると、邪魔にならないように突っ立てるしかない。
何が一番キツイって、やっぱりこの役立たずな身で、その場にいることかな〜。
研修先のT店の人たちに取って、私達は邪魔でしかないだろう。
あれこれ質問されるし、私達「O店」の社員スタッフには「やらせてやって」って言われるから、何か仕事を見つけて与えなければならない。
かといって、そこの店にずっといるわけではないので、指導するのに使ってもらう労力のことを考えると申し訳なくなる。
そして、店ごとに違うやり方というのが、いろんな場面で出て来て、T店のキッチン責任者(年配女性。怖いっす)と、私達を引き連れてきたO店社員スタッフ(男性。大ざっぱ)との間で、言うことが食い違い、私達は板ばさみ状態になる。
そんなこんなで、4時間勤務を終えて休憩室に上がっても、私達はやはり邪魔にならないように過ごさなければならない。
ランチタイムとディナータイムにそれぞれ5人前後の研修生とO店社員が常時2人来ているので、休憩室は満杯で。
更衣室もなかなか空かないし、4時間勤務でも、その前後にかかる時間が長い。
今は、本来の仕事の内容よりも、そういう肩身の狭い立場にいるのが落ち着かなく、早く自分たちの店舗が完成して、そこで仕事をしたいなーと切実に思っている。

それと、車通勤ができないっていうのが、私にはかなり大きい。
駐車スペースのこともあるのでよっぽどの事情の人にしか車通勤は認められていない。
しかも、今のT店にしても、これから行くO店にしても、自宅からは、交通費の出る「2キロ」をちょっと切ってしまう距離。
会社がどう判断してくれるかわからないけど、交通費が出ないことを考えると、やっぱり自分の足で行かなくちゃ。
というわけで、諦めてチャリで行っています。
これが、疲労の最たる原因だろう(笑)
まじ、店に着く頃には、足がガクガクいってます(爆)
たった2キロで・・・って思われるだろうなぁ。自分も思います。
行きは急いでいて全力漕ぎなのと、登りが多いからどうしてもそうなる。
慣れれば違うんだろうか。
っても、これから寒くなる一方の北海道で、慣れるほどチャリに乗らなきゃならない自分がかわいそうっす(涙)
ちなみにO店は、実家のすぐそばなので、実家に車を置いて車通勤しようと考えてるので、T店に通ってる間の辛抱なんだけど。

もともと今回のパートは4時間勤務で希望を出し、そのとおりの契約となった。
でも周りは(全員のことは知らないが)、8時間勤務の人ばかり。
おから実習のとき、喫煙所でそんな話をしていたら、50代以上のおばさまたちに「あんた若いんだから、もっと働きなさい!」って言われた。
昼間の仕事が終ってから夕方〜深夜まで勤務すると言っていた人もいた。
いやーみなさん、ホントにすごいです。
私は4時間だって恐る恐るの挑戦で、実際、今はこれが限界・・・って思ってる。
まず身体を慣らさなければ。
家に帰って来たあとは、信じられないくらい何もできない。
ほんっとに情けない。
長年のぐーたら生活のツケは大きかったんだな。

あと、気が付いたら1個、年取ってたし(溜息)

特訓中

2004年10月16日
今週から始まった、パートの研修。
1日目は、そこの企業の歴史や理念や、食中毒関係の教育ビデオなどをしっかり見せられた。
そして2日目からは、ある施設の調理室を借り、必要な技術の特訓。
パート先は、和食レストランで、にぎりの寿司が、ひとつの売り。
社員も全員、寿司が握れると、会社のHPに出ていた。
キッチン勤務のパート従業員も、まずは、そこのやり方で寿司を握れるようにならなきゃだめらしい。

練習は、おからを使って行う。
握りの練習の前に、ぴったり21グラムの酢飯(おから)を右手で取る練習も行う。
許される誤差は、プラスマイナス1グラム。
今は毎回デジタルスケールで計ってるが、連続してピッタリ21グラムっていうのは、なかなかない。
それでも、誤差の範囲か、その近辺で収まるようにはなるものだ。
そして、握り方を習う。
手順書で20行程ぐらいなんだけど、覚えるのに苦労している人多し。
私は、ま、覚えるのは軽くクリアだったが、店の基準の長さ、幅、高さそして全体的な姿を忠実に再現するっていうのは、なかなか難しかった。
とにかく、マニュアルどおりに正確にやらないと、絶対その形にはならない。
指の長さとか利き手はもちろん、指や手首の固さとか、やっぱりこれにも向き不向きはあるように思う。
とりあえずは、指導してくれるマネージャーやチーフたちに「いいよその調子で」と声をかけてもらっている。
(つーか、まじで一番うまいかも・爆)
一緒に習っている、今回採用のパートさんたち(多分年上が圧倒的に多い)と、調理台を囲んで和気あいあいと、楽しい雰囲気でやっている。
こういう、みんなで新しいことを習うっていうのが、オープニングスタッフならではのことなのだろう。
調理室での実習は、この「おから寿司」のみで、あとは営業している近隣店舗での研修になる。
そこでは当然、今みたいに楽しいだけじゃ済まないだろうと今から緊張している。
いや、今一番気になるのは、明日に迫った「検便」提出日。
ちゃんと出てくれるかなー(汗)

娘の水疱瘡は、なんとかおさまり、月曜から登校して良いとのお許しが出た。
でも、顔にも身体にも、かさぶたになった発疹がまだかなり残っている。
「女の子だから、顔だけには気を付けてあげて」と、今回、ずいぶんいろんな人に言われた。
ほんとに、これからニキビだって出る年頃なのに、今から穴だらけの顔じゃかわいそうだ・・・。
仕事に出るときは「病気なんだから。うちに連れておいで」と言う母に逆らえず、実家に連れて行き、仕事に行き、また迎えに行き・・・と結構きつかった。
そういう手間と病院通いから開放されて、あー良かった。

気が付いたら、記念日も過ぎ、結婚生活も16年目に突入している。
記念日は、法定伝染病の娘を連れて外食にも行けず、変わりにスペシャルなメニューを考えてる余裕もなく、なーんにもしなかった。
当然、メモリアルダイヤモンドなんてのもありませんって。
それが寂しいとか、そういう感情が起きなくなったこと自体が寂しいかも。
一応、「ああ今日記念日だったね」という会話だけはしました(笑)

始まった〜♪

2004年10月11日
せっかく月初めに決意表明?したのに、また10日以上空いちゃいました。
その間、決してスカスカだったわけじゃないんだけど、なかなかココに留まれず・・・って日々で。

とりあえず、パートに出ることになりました。
ふらーっと受けた、新規オープンの商業施設のレストラン部門の募集の面接で、採用されちまいました。
いい事ですね、きっと。
まだ仕事は始まってないし、自分に務まるかひじょーに不安なんだけど、コレも何かの縁だろうと、前向きにがんばってみようかと思ってます。
仕事はレストランのキッチンです。(MJさんどうぞよろしく)

この、今週から仕事の研修が始まるっていう大事な時に、娘がなんと季節はずれの水疱瘡に。
予防接種もせず、子供だからそのうち自然に罹るだろうと思ってるうちに、もう11歳にもなっていたのでした。
いやー、幼児の病気に11歳にもなって罹ると、症状重いです。
もう、この三連休は、娘のケアに明け暮れて、どこにも行けなかった。
いや、連休明けても、全身にできた無数の発疹との闘いは、まだまだ続きそう。
娘は、痛がったり痒がったり、むごたらしい(笑)顔に落ち込んだりと
ちょっと目が離せない状況で、
私の新しい船出に、暗雲が立ち込めております。

そんな気分を救ってくれたのが、いいだけ引っ張られて、やっと始まった、「ラストクリスマス」。
この放送に合わせたように「東京ラブストーリー」の再放送もやっていたので、話題性は十分だったはずだけど。
(関東地区より遅かったので、まだ2話残ってます。こっちも、久しぶりに堪能しました)
で、1回目の放送を見て、客観的にどうだったかってのは(客観的に見れない私は)とても気になります。
でもわりと良かったんじゃないかって、ほっとしてます。>ふるやんさま
織田君の歌もね(笑)
いや、アソコの実況板は、織田ワムが流れたとたん、お約束の、
「変な歌キターーーー!!」っていうレスで埋まってましたが(爆)
歌に限らず、色々叩かれそうな要素も盛りだくさんだけど、いい、許す、なんでもありさ!と今とっても良い気分です。

さて10月

2004年10月1日
ひどいもので、9月はたった3日しか日記を書かなかった。
まぁ、日記のように、スカスカの毎日だったのかなーとも思う。
いや、スケジュール帳は結構埋まっていたのだけど。
でも、忙しいというのには程遠かった。
ただただ、気力の足りない毎日だった。

さあ10月。
去年も書いたが、10月は、私のスペシャル月間。
結婚年数も、年齢も、カウントアップする月。
ネジを巻き直して、スカスカ生活とおさらばしなければ。

次の月9

2004年9月18日
次の月9、織田君だね!と、周りから挨拶代わりに言われる。
そう、そうなのよ。
無いと思ってた織田主演の月9が確実に10月から放送される。
「無いと思ってた」というのは、カレの年齢的なこともあるし、ラブものはやらんでしょというのもあった。
あの「東京ラブストーリー」が最初で最後の月9だと、勝手に思い込んでいたんだけど。
生きてて良かった♪

が、うれしい反面、不安も大きい。
このところ低迷している、月9の人気と質。
確実に視聴者は離れている。
それでも月9は、いまだにフジの看板枠で、ブランド。
注目されるだけに、いざ始まって、期待はずれだと、風当たりもひときわ大きい。

私も今年の月9は1作品も見ていない。
キムタクのは、あの脚本家とあの女優が大嫌いだったから。
愛し〜は、単に深刻で暗そうだったから。
1k(湾景)は、あまりにも安直な設定が不愉快だったから。
(ドラマ板でもひどい言われようでしたが・笑)
まあ、これ以前のも、見てたというより、ただチャンネルを合わせてただけで、
それさえもしなくなってからは、
TVタックルで三宅センセやハマコーが吠えるのを面白く見ていた。
ていうか、CSで海外ドラマをお腹一杯見てるので、月9に限らず、地上波ドラマを見ること自体がなくなっていた。
こういう、「もう月9なんか見ないネ」という人々を、
「コレは見ようかな」という気にさせることができるだろうか。
フジの回し者ではないけれど、ファンとしてはドラマの出来とともに、視聴率がすごーく気になる。

で、この、「ラストクリスマス」。
織田君演じる主人公の設定は「どこにでもいる、等身大の36歳男性。独身」ですと。
人望厚くて、スポーツマンで、女性にもモテる独身36歳の男なんてどこにでもいるか?
36歳ならパパだろフツーは、と違和感大ありなんだけど、
まー、織田っちは、独身な男しか演じないのだから、作り手としても、仕方なくなのかな。
すでに世間を寒くさせてる「織田っちワムをカバー」(>ふるやんさん)に関しては、
「やっぱりやったか(苦笑)」ってぐらいで、暖かく見てます。
「意外と良かったねぇ」と、思ってもらえるんじゃないかと。
ただね、ありえないっしょっていうような、無駄にバブリーな設定や、古臭いセリフは勘弁してほしい。
いくら「織田っちラブ」でも、90年代のようなものでは見るのが辛くなります。
「東ラブ」と同じプロデューサーと脚本家っていうのが、吉と出るか凶と出るか。
ワクワクだけど何かと心配性な、この秋のワタシです。

付け加えると、
TVジョン表紙にて、織田君にべったりくっついて、腕まわしてるヤダ嬢に
ちょっとメラメラときている、この秋のワタシです。

学級連絡網

2004年9月7日
「明日は台風なので臨時休校になります」という連絡が、担任の先生からあったのは、夕方5時くらいだった。
もともと、明日は遠足の予定だった。
きのうぐらいから遠足当日の悪天候はわかっていた。
どうせ中止だろう。でも給食が出ないからお弁当は作らなきゃならないのよね、はぁ〜面倒・・・と思っていたので、休校の知らせはラッキーだった。

とにかく、連絡網回さなきゃ。
先頭は学級代表の私で、私からクラス委員の3人にかける。そこから各2件、そこから下は1件づつ回してもらう、という流れの連絡網。
が、委員3人のうち、在宅は一人のみ。
不在の委員の、その次4件に連絡すると、そこにもまだ不在が・・・
不在の次の人に連絡し、不在だった人には、時間を置いて電話してっていうのを繰り返す。
あー、もう。だから連絡網って嫌いなんだーー!!
特に今回は、全員回った連絡を受けて、担任の先生にも電話しなきゃならない。
まあ、仕事している人も多いので、全員に回るのは夜だろうなと思いながら、各列の最後尾からの電話を待ったが、
9時近くまで待ってもこない列もあり、こっちから電話してもまだ留守で、どこまで回ったのか、追跡までするはめに。
ニュースでも休校のことは流れてるし、みんなわかっちゃいるだろうけど、連絡が行かないわけにはいかないし。
まぁ、無事先生への連絡が終った時には、心底ほっとした。

それにしても。
夕方の買い物もできず、すっかり予定が狂った。
長い時間家を空けることは私だってよくあるから、いない人に文句言っても仕方ない。
ただこの「電話での学級連絡網」っていうシステム自体が、もう今の時代に合ってないんじゃなかろーか。
連絡先が不在で、何度も手間をかけさせられたのは私だけじゃないだろう。
不幸にも家にいたばっかりに・・・だ(苦笑)。
不在の相手には、FAXでもメールでも、確実に一度送信すればOKってことにしたら手間は減ります、ホント。
(そういうところもあるのかなー)
連絡受けただけで終った人がうらやましいっす。
ま、今日みたいなことは滅多にないだろうけど。
充実感とか、達成感とか、そういうものです。
大体、何にそれを見出せばいいのかもわからないような気が。
「あーまたやれなかった(やらなかった)」なんてことのオンパレードで、いい加減自分が嫌になります。
ココをしばらく書いていなかったのも、その中の一つだったので、
とりあえず今日はひとつでも達成感が味わえるかな、なんて(苦笑)。

*

先月、暑さに負けて髪を切った後、そのヘアスタイルがどーにも気に入らないでいて、やる気の無さの原因はこれじゃないかと、
先週、更に切ってしまった(別の店で)。
まるで磯○貴理子です(爆)
もうこうなったら開き直るしかない。
新しい自分を(はぁ?)受け入れて、早く慣れなくては。

*

お盆明けから始まった、実家のリフォームが終盤に近付いている。
リアルで「劇的ビフォーアフター」。
1階リビングとキッチン・バスの工事だったので、仮住まいは必要なかったが、我が家に何度か「貰い湯」には来た。
マンションの「窓のない風呂」に、父はすっかりのぼせてしまい、次回からは「シャワーだけでいい」となったが。
母がお風呂上りに言う「ごちそうさま」という言葉に、娘は「??」。
私なんかも「貰い湯」という体験はないけれど、「お風呂ごちそうさまでした」という言い方があるのは知っていた。
でも実際、泊めてもらってお風呂に入って、「ごちそうさま」は言ったことがなかったなぁ。
娘に説明しながら、いつかどこかでお世話になったら自分も言ってみようかな、なんて思ってみた。
でも相手に通じるか、ちょっと不安(笑)。
・・・話がずれたが、日1日と出来上がっていく、実家の様子を見ることが、ここ最近で一番の楽しみだったりする。
そして、何か手伝えることや助けられることに喜びを感じる、平和で無欲な(刺激の無い・笑)日々です。

この太さん

2004年8月31日
驚きました。
寂しいです。
ここを辞めちゃうこと、それにネット環境にいなくなる?ってこと。
間が空いていても、時々でも・・・って、それもなくなっちゃうんですか?
でも、戻ってきて下さい。待ってます。
こちらこそ、オフの時は楽しかったです。
わかりやすくて面白いこの太さんの日記、大好きでした。
ネットでもリアルでも、再会できることを信じています。

やったぜ駒大苫小牧

2004年8月23日
オリンピックの影に隠れ気味だった、甲子園での駒大苫小牧の快進撃。
知ってはいたけど、準々決勝でY高と当たったと知ったとき、「ここまでか」と、何の疑いもなく思ってた。
ところが、6−1で勝ったと。4強入りだと。
ちょっと、オリンピックどころではないっしょ!(笑)と、準決勝・決勝の2試合は、フルで「LIVE」観戦してました。
強かった。しびれた。感動した。
相手チームもそりゃ強かったから、どっちのゲームも、最後まで目が離せなかった、その末の勝利。
「そうなりゃうれしいけど、ムリだよねー」っていう類の話だったはずの、優勝旗の津軽海峡越えが、本当に実現したんだなぁ。
アテネで起こってる、いろんな「歴史的快挙」が一瞬吹っ飛とぶほどの彼ら駒大苫小牧ナインの快挙に酔いしれちゃったわよ〜。

と言いつつ、女子マラソンに続き、陸上・体操種目別を観戦中。
(そろそろ5時)
野口の金・室伏の銀・鹿島の銅、しっかり「LIVE」で見ております(笑)

朝まで生テレビ

2004年8月20日
2週間も間が空いてしまいました(汗)
過ぎてしまえば、あんなこともこんなこともどうでもよくなってしまい、あーもったいないと思いつつも。
やっぱアレです、毎晩(朝まで)オリンピック見てるワケです。
数時間後の朝のテレビでちゃんと結果がわかるのに、それじゃ嫌なんだなぁ。
画面の右上に「LIVE」って出てるので見たい。
なんでだろ。
水泳も柔道も、全然普段は見てないのに、やっぱ単純にひとりのニッポン人だからかなー。
メダル獲得ときたら、表彰式も見たい。
とにかく、「その瞬間」に見たいという欲望に勝てずに、パソコンよりもテレビ・・・という毎日です。
で、昼間はパソコンよりも昼寝。
しょーもないけど、お祭り好きなんだもん。
ゆうべ、久しぶりに遅くに帰宅した夫が、
「明日も自宅待機でいいことになったから」と言う。
この週末から来週にかけて休むことになっていて、1泊の旅行もそれに合わせて決めていたが、
「それで、何日休むの?」と聞くと
「6連休!」と言ってきた。
6連休?いらーーん!!!(怒)

ったく、休みの度に、何のビジョンもなく、ただ私の提案に従うだけの、うちの夫。
(今年は旅行のホテルだって私が決めて私が予約した)
確かに、仕事が忙しいときは、貴重な休みなんだから好きに過ごさせてあげようとか、ゆっくり休ませようとかいう気にもなるが、
最近のように、フツーに週末2連休のほかに、気分次第の午後出勤に、早い帰宅、そして
今週は第1弾の休みも、週明けに取っていたし、ほんっとに「まだ休むんかい?」って言いたくなる。
そんなに休むのなら、自分から何か家族を楽しませるプランを考えてもらいたい。

どうもね、「オマエの邪魔しなきゃいいんだろう」っていう態度がミエミエで、いつまでも寝てるか、部屋でギター弾いてるか。
そして「○○に行くよ」って声をかけられるのを待ってるだけ。
年々、こんな風に、つまらん男になっている。
ってことに、本人、気付いてないんだな。情けない。

*

で。
今日は道立近代美術館でやっている「ピカソ展」へ。
夫の母に、ずいぶん前から家族分の前売り券をもらっていた。
自分が美術好きだから、私たち(特に娘)も名画鑑賞を喜ぶって思い込んでいる夫の母。
ゴッホ展などの巨匠系のほかにも、美術展があるとチケットを買って寄越される。
「ゆっくり行くと混むから、期間中なるべく早く、時間も朝のうちがいいわよ」なんてアドバイスと一緒にね。
まあ、ありがたいことではあるんだけど、場合によっては、そんな興味もないのに無理に時間を作って行くこともあるので、
プレッシャーと言えば、プレッシャーになる。
なので、早めに済ませたく、夫の平日休みの今日に行くことにした。私が。
夫はゴッホ展のことなど、すっかり忘れていて、行くならいつにしようとかという意識もまるでなかった模様。

期間中美術館は、金曜だけは普段より2時間入場時間が長くて、その時間に行ったら、空いてて見やすかった。
(朝早くなんて考えは全くなかった)
ルノアールやゴッホのときは、人の頭の間からしか見られなかったが、今回は余裕でどんどん進める(笑)。
年表や解説と一緒に「ふーーん」「へーーえ」とトリビアしながら、あっさり鑑賞終了。
会場には、まだ首もすわっていないホヤホヤの赤ちゃんを連れて来ている人もいて、ちょっとビックリ。
見たい人は、それでも見たいんだろうなぁ。
それに引き換え私は・・・。ブタに真珠です(苦笑)。

*

食事とドライブのあと、ちらっと私の実家に寄って、お盆の予定を聞いた。
うちが2日不在のときに東京から妹が帰ってくるのだけど、そのあとは予定が入っていて
私はあまりゆっくり会えそうもない。
兄一家はお盆に帰ってくるかはビミョウ。弟もわからんと。
今年のように、うちが暇なとき、周りが何かと忙しい。
うまくいかないもんです。
木曜なので、午前中、ダンス教室へ。
今日も暑い。
ダンス教室指定の商店街駐車場のおじさんとは、すっかりお馴染みになっているが、
そのおじさんに、
「このクソ暑いのにダンスかい。まー、汗かくだろうし、ダイエットになるね」
と言われてしまった。
いやあ、ダンスも暑いけどね、この炎天下の駐車場こそがクソ暑いのだ。
おじさんこそ、ご苦労様デス。

午後から、友達親子と、近場の大きな公園で過ごし、晩御飯を一緒に食べようというプランがあった。
お昼を食べて、慌しく出ようとすると、空から雨が。
今日はそんな予報じゃなかったはずなのに・・・。
待ち合わせは公園内のボート乗り場だったが、時間に遅れそうだったので車中から電話すると、
向こうも今向かっているとのこと。
とりあえず、駐車場で待ってることにした。
2台並んで停めて、窓越しに「どうする〜?」と相談。
雨はずぐにやむ様子もなく。
「レディスデーだから、映画でも見ようか」
「何見る?」
「シュレック!!」
子供達は大喜び。

どこで見るか迷ったけど、駐車が3時間無料で、調べると上映時間も丁度良かった、サッポロファクトリーのユナイテッドシネマへ。
公園に近い方の友達親子宅に一度戻って車を置き、うちの車で行くことにした。
夏休み中のレディスデーに、上映前ギリギリに着いたけど、座席はまだ余裕があった。
もちろん吹き替え版。
先日、ここでレビューを読ませて頂いたので、いろんなことに気付くことができて、
一層楽しむことができました>磯野コンブ様
「1」を見てから結構経っているので、すっかり細かい部分は忘れてたんだけど、
あっという間に「シュレック」の世界を思い出せた。
長靴ネコの、「アイフル」のチワワばりのかわいさに、「スクールウォーズ」に「ア・チ・チ」などは、
日本の大人には一層受けたかも。

涼しい映画館を出ると、雨は上がっていたが、ものすごい蒸し暑さ。
ほんとに、冷房に身体が慣れると、その後が辛い・・・。
そして、お決まりのファミレスチェーン店でゆっくり食事&おしゃべり。
思いがけないアウトドアプランの変更だったけど、良いリフレッシュになった。

あっという間

2004年8月4日
寝つきが悪いのに、ラジオ体操のために毎日早起きしなければならない。
だから、昼間は眠くてうっかり昼寝してしまう。
それでまた寝つきが悪いという悪循環。

食が進まない。
麺類以外、食べたくない。

やることがたくさんあるのに、なかなか手をつけられず、それを言われるのが何よりも面白くない。


これ、私のことじゃありません。
娘のことです。
こんな娘と一緒にいると、もーー、イライライライラ。
向こうもかなり私にきてるようで、
寝言で私に文句言ってるのを聞きました(笑)

深夜、とっくに寝たと思ってるのに水飲みに寝室から出て来られるのも、
食事のたびに「お母さんの作った物に文句言うな!」って怒るのも、
そして、「いつやるのー宿題!!」ってハッパかけるのも、ほとほと嫌になってきた。
こんな夏休みもあと2週間切った。

関係ないけど、
やっぱこの髪型イヤだーーー!!!(大泣き)

ダメダメ

2004年8月3日
髪を切った。
何年もキープしていた長さをバッサリと。

失敗だった(T_T)

髪はオンナの命なのだ。いくつになっても。
いや、この歳だからこそ、妙な勘違いや勢いは命取りなのに。
この夏の暑さを恨みます(涙)

カリスマ美容師1号、本日を持って解任とします。

暑い午後と熱い夜

2004年7月31日
今日は午後から、小学校の開放プールの監視当番に当たっていた。
また今日も気温は30℃を越えており、日差しをできるだけ集める為の「温室」仕様のプール(北海道特有なんでしょうが)の中はどれだけ暑いのだろうと、行く前からクラクラしていた。

そういえば、北海道のこの夏の暑さは4年ぶりだそうで。
確かに、ここ数年、タンクトップをこんなに欲したことはなかった。
ブラジャーさえも暑苦しい最近は、家では、カップ付きのホルターネックとかのタンクトップ(背中大開き)に、太腿もあらわな短パンなどという格好で過ごしていたけれど、さすがに学校のプールにこの格好は無理(笑)。
なので、常識的範囲内で一番涼しいと思われるTシャツ・短パン(膝丈)で出かけた。

この温室というか、ビニールハウス仕様のプールは、外の気温が低い時でも、中の温度は高い(当たり前)。
で、外の気温が低い時は、水に入ってる子供達が寒くないように窓は閉め切っている。
そんな時は、服を着て見ている大人は、信じられないくらいの汗をかくことになる。
が、今日のように気温水温ともに高い日は、窓全開が許されるので、気持ちよい風を感じることができ、意外にも今回はとても快適なプール監視だった。
いや、思っていたよりは楽だっただけで、十分暑かったっすよ。
汗ダラダラの人もいたし(私はちっとも汗かかなくて、ちょっとガッカリ)

芋洗い状態に混んでるかなーと思っていたプールもそれほどではなく、娘も気持ちよさそうに、友達と開放プールを楽しんでいた。
寒い思いをしないでプールに入れるってこと、すっごく貴重なんだよね!

帰りにコンビニでビールなどを買っていたら、突然の雨。
濡れたけど、気持ち良かった。
すぐにシャワーを浴び、明るいうちから1本飲んじゃいました(笑)

*

で、夜は何が熱かったかって。
サッカーアジア杯ね。
ほんとは、ムカつくから見たくなかった(中国サポーターのブーイング・怒)
だから、途中だけ時々見ていたんだけど、まさかあんなミラクルな展開になろうとは!
ヨシカツ、すごかった。まさに「神」だった。
でも、宮本の、エンドピッチ替えれっていう抗議(申し入れ?)は、ほんとーーにGOODJOB!
スポーツニュースじゃなく、リアルタイムで見られたことが何よりうれしいと思えた勝利だった。
というわけで、ますますビールのうまい夜だった。
今年最後の、豊平川での花火大会が行われた。
夜になっても「暑い」日が続いているこんな年こそ、花火見物にはもってこい。
朝、出がけの夫に「花火見に行きたいから、夜会社に迎えに行くね」と言うと、「いいよ」という返事だった。
ほんとなら、地下鉄で打ち上げ地点近くの橋まで出向くってのが、正しい見物なんだろうけど、あの人込みを考えるとその気にはなれない。
夫に、楽に見物できる「どこか」に連れて行ってもらおう。
そんな安易な考えでいた。

7時45分開始というのに、家を出たのは7時過ぎで、花火大会恒例の渋滞にはまってしまい、札幌駅北口の夫の勤め先に着いた時には、もう花火大会は始まっていた。
会社前に着いてから、ややしばらく待たされて、現れた夫はカバンを持たず、携帯と財布だけ持っていた。
まだ仕事が終らず、あとでまた戻らなければならないという。
待たされたことと、一緒に帰れない(帰りも渋滞の中自分で運転しなくちゃいけない)ことに不満を言うと、夫も十分不機嫌だった。
「あーやめときゃ良かった」って後悔の気持ちが湧き上がって来たが、夫になんとかしてもらうことしか頭になかった私は、とにかく連れてってもらわなきゃ見れないわけで。

夫は、打ち上げ地点近くに行く道路はどこも渋滞だろうということで、あえて逆の東に向かって車を走らせた。
「えーーまじでーー?こっちに行って見れるの?」と夫の判断を疑いつつも、ビルの谷間に見え隠れする花火に心奪われる。
夫は、渋滞を避け、最短距離で打ち上げ地点からはやや離れた豊平橋付近に車を停めた。
(決して住宅街ではなく、閑散としたオフィス街の一角です)
豊平橋から西は、交通規制で、こんなに橋には近づけない。
こういう場所を見つけ、うまく停める・・・これこそが、必要とした夫の力だった(笑)

かくして、なかなかグッドなスポットで、大勢の見物客に混じって、念願の花火を見ることができた。
何年ぶりかの豊平川花火の見物だった。
そうかー。豊平橋でも、こんなに見えるんだなぁと、自分の無知っぷりに今更呆れたりもして。
でかいスポンサーの花火大会はやっぱり違うなぁ、来てよかったなぁと、大満足だった。

が。いよいよフィナーレの連続打ち上げか?という時間になったとき、「時間切れだ」という夫の非常な声。
後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
車中でも時々見える大輪の花火にかじりついていた・・・

帰りとは逆方向の夫の仕事先まで戻り、まじで「どうやって帰ろうか」と悩んだ。
普通は、今までいた豊平橋を通って帰るんだけど、あの見物客がみんな帰路につくんだもん、大渋滞だ・・・。
なので、打ち上げ地点を今度は上流側(西側)から大きく迂回して帰ることに。
中心部を離れるまでは混んでいたけど、狙いどおり、ひどい渋滞に巻き込まれずに帰れた。

まあ、最後まで見られなかったことは残念だったけど、仕事を中断して連れて行ってくれた夫には一応感謝である。
でも、車で行こうなんて横着なこと考えなければ、もっと近くで、夫を巻き込まずに見れたんだよね。
来年はそうしようかな。

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